【ブラタモリ】奈良・吉野 6/17

ブラタモリで「奈良・吉野」の放送の感想を書いておきます。

・吉野の桜と修験道
修験道とは、古来からの自然/山岳崇拝と仏教や道教などが、習合して発展した独自の信仰体系とのこと。「修験道」の文字通り、修行と、山に分け入る苦行などを通した体験に重きを置く。吉野山は修験道の聖地で、金峯山寺という総本山が置かれている。そこに信仰者が桜を献木してきたのが、吉野の桜が名所になった理由である。

・西行と桜の詩
旅をしていた僧侶、西行は吉野に3年くらい滞在していたらしい。
当時の和歌は、最近のSNSみたいなものだろうか、西行は和歌でインフルエンサー的な立ち位置だったのかもしれない。
西行の和歌が有名になることで、後世にも吉野といえば桜と定着していったようだ。

・豊臣秀吉
1590年に天下統一した、豊臣秀吉は吉野で大規模な花見会を開催していたらしい。
吉野に吉水院という神社があり、かつて源義経と弁慶が滞在し、後醍醐天皇が南朝を開いた場所でもあるので、秀吉は自分の権威をアピールする場として活用。
大名たちを招集して、皆に仮装をすることを参加条件としたらしい。それは身分に関係なく花見を楽しむようにするためだった?との見解もあるようだ。能や和歌などの文化的な催しを多数やっていたらしい。

◎所感
修験道の信仰で、桜が増え維持され、現代でも桜の花見をしているのを考えると、歴史は繋がっていることを感じられる。桜の花見の楽しみ方も当時から脈々と伝統様式として続いているような感じも受ける。
そして当時から、「桜を見る会」みたいな場があったんやなぁと思った。桜のような「象徴」と権威は相性良く、意識の奥の方にある信仰心的な感情を、権威として使っていたのには、連続性を感じた。

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