NHKのクローズアップ現代がおもしろかったので、書きます。
テーマは、AID(非配偶者間人工授精)の精子提供者(現在匿名)vs AIDで生まれた子の出自を知る権利である。元々は、精子に問題があった夫婦の不妊治療で使われるオプションで、提供者は匿名性を担保されていた運用になっていた。
しかし、ここに来て生まれた子たちが大人になり、出自を知りたいとの声が挙がっているという。本人からすれば、アイデンティティに関わる問題だからだろう。
私はその体験がないので推測しかできないが、出自がわからないということは生きていく上できついことなのかもしれない。それを知りたいと思うことは自然なことだ。
私は、提供者の情報開示はなされるようにした方がいいと思う。つまり、精子提供者は後々、自分の情報を出すことに同意した人のみの運用にした方がいいと思う。自分がAIDで生まれた立場であったら、どんな人だったか、病歴はあるかくらいのことは知りたいと感じると思うからだ。
もちろん精子提供者からすると、後々自分のことを知りたいと言われると面倒で提供するインセンティブがなくなることも予想可能だ。しかし、オーストラリアの事例では、提供者とAIDの子の間に「コーディネーター」と呼ばれる職業の人を設置して、両者の感情的ケアをすることで提供数は増えているとの統計も出ているようだ。
いまのところ当事者たちは、周囲の人に相談しても「そんなの気にしないでいいやん」「育ててくれた親がかわいそうでしょう」という反応が多く、理解が得られない場面が多いとのこと。社会的な相談機関の充実や、周囲の感情的理解が高まってくる必要があると思う。
こういった生命に関わるテクノロジーの進化は、今も目まぐるしく開発されているだろう。クリスパーキャス9なんかは、近々生命のコントロールを可能にするだろう。
生命を操れる時代に、家族とは何か、ルーツを知るということは何を意味するか、そして社会的な合意形成をするには、意見の表明が不可欠だと思う。みなさんはどう考えるでしょうか。